【 分かち合いの心を 】

競争原理の中ではなく、協力原理の中で生きる。そんな社会でありたい。
誰かの不幸が、誰かの幸せになる社会ではなく、誰かの悲しみは自分の悲しみとお互いに思えるような社会がいまの時代には必要。

生まれた環境や、病気、障がい、リストラなどの予測不能な出来事で、その先の人生が決まってしまうような、やり直しがきかないような社会であってはならない。 困っている人がいたら、みんなで助け合うような、そんな社会になったらいいなと思っている。

【 アリとキリギリスの話 】

童話の「アリとキリギリス」の話を知っていますか?
この話は、夏の暑い時期に、アリは一生懸命働き、キリギリスは歌をうたいアリを馬鹿にした。
冬になり、夏の間に働いて準備をしたアリは食べ物にも困らず暮らす。一方で、キリギリスは、家もなく、寒さも凌げず、食べ物もなく、アリに食べ物を分けて欲しいとお願いする。

海外では、アリが「夏に君が仕事もしないで遊んでたから悪いんだ」といい、食べ物を渡さず、キリギリスは死んでしまう。という話になる。
日本では、アリが「寒かったでしょう。中に入って。次からは夏の間に準備しておくんだよ」といって、食べ物を分ける話に改変されている。

ぼくは、日本のアリとキリギリスの結末のような、助けてと行った時に、過去はどうあれ、手を差し伸べることができる社会にしたい。
困窮に陥った理由は人それぞれある。離婚がきっかけだったり、病気がきっかけだったり、もしかしたら、会社の倒産かもしれない。いろんな理由があったにせよ、もう一度起き上がろうと思っている人を、再チャレンジしたいと願っている人をみんなで応援する社会を目指していきたい。

【 生活保護制度で育ってきた僕だからこそ 】

生活保護を幼少期にぼくは受けていた。
両親が幼少期に離婚し、父親に引き取られたが自由な人だったので仕事もしないで、子育てを放棄して、ぼくの面倒は祖母と叔母がすべてみてくれた。

小学校の時に、祖母が脳溢血で倒れ、祖母が経営していた会社も倒産に追い込まれ、僕と祖母は生活保護を受けるようになった。
そう、ぼくはみなさんの税金で大きく育つことができたのです。

生活保護を受給していたことで、いじめも、近所の人の心無い言葉も経験した。
どんなに社会に対して生活保護制度への理解を働きかけても、根底にある偏見はすぐになくすことはできない。
ぼくはスーパーマンではないから。

だからこそ、生活を支える制度が、生活保護制度以外にあればいいのにと思うようになった。
レストランに入れば、ハンバーグもあれば、ドリア、パスタもある。 ラーメンももしかしたらあるかもしれない。
いろんなメニューから自分の食べたいものを選べるわけだ。
生活を支える制度も、いろんな支援の形があっていいじゃないか。
食べ物がない人はフードバンクの活用、家がない人は衣食住がついた、 自立支援施設への入居、就職活動がうまくいかない人は、キャリアコンサルタントによる就労支援、 とにかく自分の状態にあわせて活用できる支援の種類がいまの社会福祉に必要だ。
そんな仕組みを提案していきたい。

【 人生の大半を占める働くを大事に 】

仕事(給与がでるかどうかではない)というのは、人生で睡眠と同じくらいの時間を使う活動だ。

仕事や人間関係が複雑化していく中で、キャリア(経験)というものをもっと、 大事にしながら、その人個人個人にあった働き方だったり、生き方だったりを、 人生の節目で情報や環境が目まぐるしくかわる現代社会だからこそ、 収入を得る仕事だけでなく、様々な岐路で自分らしい選択ができるよう 応援していく制度がやはりいまの福祉制度にはかけていると感じている。

ぼくら支援する側も、就労する意欲がでるまでとりあえず、生活保護という考えを捨て、 どんな支援がこの人にとって、本当に人間らしく、生き生きと暮らせるんだろうか と、常に自分に問いかけながら活動を続けています。

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